» 2012 » 2月のブログ記事

近頃、Facebookの話題が良く出る。
恐らく、ほとんどの人がやっているのだろうな。
聞きかじりだと、今日ここに行った!とか、ここが美味しい!
何をした!なんて自分の行動を投稿して、それに対する皆からのコメントのようだけれど、その認識であっているのかしら?!

私は実際にやっていないので、食わず嫌いは良くないのだろうけど、何となく私の認識が間違っていないのであれば、あまり好きではないのだ。
何で、ここに行きました!!今日、何をしました!!と多数の方々に公表する必要があるのかしら?などと思ってしまうのだ。
それでもやっている人に言わせると、なかなか会えない友人などから投稿がると、「ああ元気でやっているな」なんて思って、コメントするそうなのである。本名で登録するものだから、昔の友人なんかも探しやすい。
皆どこかで、繋がっていたいものなのだ。なかなか会えない友人にも自分の事を分かっていて欲しいものなのかしら?
そうやって、投稿やコメントにやっきになっている横で、一番、自分の事を分かっていて欲しい人との会話が減っていったりしてね。
私は、実際に会っている人、話している人にしか私の事は教えてあげない。もっとも誰が聞きたいの?って話だけれど。

とにかく、私はあまり自分の事を書くのが好きではないみたい。
もちろん、このブログだってそうなのだ。

「離婚」と子どもの問題に、真剣に悩んだ結論でもあるのだろう。離婚は、夫と自分、大人同士の男女問題だから、子どもを言い訳にした結論は出せない。子どもの親は、自分と夫なのだから、自分たちふたりが納得して新しい人生を歩み、輝いていないと子どもを幸せにはできない。それが彼女の「一筋の光」に裏打ちされた、新しい決意だった。
 一般的には、両親がそろっていたほうが子どもは幸せだと思われがちだ。だが、愛情がなくなった男女の関係、夫婦として壊れた状態であっても、両親がそろってさえいれば、子どもは本当に幸せなのか。
 答えは人それぞれだと思う。彼女は自分の決断、生き方に、自信を持っている。幸せかどうかは、子どもが決めることであり、答えは将来にでることかもしれない。
 現在でも、元夫との交流はある。月に数回は、子どもたちと会っているし、Aさんもよく連絡を取り合うそうだ。
「元夫とは、すごくいい関係だと思っている。お互いのことをわかっているから、すごく楽なの。離婚当時はいろいろあったけど、人間的には、やっぱり尊敬している。だから、お互いのこれからの成長を見届けていきたいねって話しているの。でも、男女としてやり直す可能性はないわね。男として好きだったら、離婚はしなかったわ」
 でも、とAさんは小首を傾げた。そして、「今の状態で、時間が離婚前に戻ったら離婚していないかもしれない」と言ったのだ。あのころの自分は未熟だったが、今なら問題を乗り越えられたかもしれないから、と。
 ただ、逆にいえば、離婚があったからこそ、今の彼女がある。それは彼女自身もわかっている。人生は皮肉なものだ。

つづく

近年、パワースポットが話題の中に出てくる事がある。
冊子「笑える離婚Ⅱ」の中にも離婚ストレス解消法の一つとして、いくつかパワースポットを紹介している。
「古来より人々を惹きつけてきたパワーがみなぎるスポット!!」なんて見出しをつけて・・。
しかしながら、実は私は目に見えない「気」とか「パワー」を信じきっているわけではない。紹介しておいて、何?!無責任じゃない!!と思われてしまうので、いい訳をしておくと、信じきっていないだけで、まるで信じていないわけでもない。積極的ではないという感じかしら。
もちろん、記事を書いて頂いたライターの方は旅やパワースポットを得意としていて、パワースポットにはパワーがみなぎっていると信じている。確かに、ここまで話題になるのだから、きっと何かしらのパワーが集まっているのだろう。ただ、どんな精神状態でもそのパワーの恩恵を授かれるのかと思ってしまうところもあるのだ。

そして、先日、ふと思った事があった。家庭裁判所の書記官をしている知人が数年前に言っていたことがある。長年、裁判所にいると何だか「ふのオーラ」がまとわりついて離れない、と。当事者にとっては、非日常で一大事である離婚裁判が彼女にとっては日常なのだ。感情の入り混じる離婚裁判が行われている家庭裁判所。「ふのオーラ」、そういう事もあるのかもしれない。

だとしたら、プラスのオーラが集まるというパワースポット。行ってみる価値は十分にあるかしら。

協議離婚は、お互いの合意のみによって離婚が成立します。せっかく話し合い、合意した結論にも関わらず、離婚後、取り決めが守られない(養育費が支払われないなど)というトラブルは続発しています。それを避けるためには、文書を取り交わしたほうがいいでしょう。文書の形は当事者同士の「念書」「合意書」「離婚協議書」のほか、公証人役場に行って作成する「公正証書」があります。「執行認諾文言付公正証書」を作成しておけば、裁判の判決と同様の効力があるので、取り決めた支払いがされなかった場合には、強制執行ができます。
 養育費、慰謝料などの支払いに不安がある場合には、このように公正証書にしておくと確実です。

ただ、信頼できる関係があると確信があるのなら、互いの署名捺印のある「離婚協議書」の作成でも充分かもしれません。

今週の婦人公論で、またもや「婚外恋愛」の特集をくんでいた。
婦人公論では、年に数回、離婚や不倫がテーマの特集をやるので、私としても、ついつい気になってしまう。
ただいつからか、「不倫」という言葉ではなく「婚外恋愛」といった言葉を使うようになったのだ。
時代の流れか、何となく後ろ暗い「不倫」というより、昔よりもタブーではなくなりつつある不倫という意味で「婚外恋愛」なのだろうか。

今回の特集も読者アンケートから始まり、様々な体験談やルポ、対談と読み応えは十分。なかでも読者アンケート結果をもとに放送作家の山田美保子さんと作家の亀山早苗さんの対談は、現代の婚外恋愛を鋭くついていたように思う。やはり携帯電話により不倫事情は大きく変わったのだ。

亀山さんは冊子「笑える離婚」作成時にコラムを書いて頂いただけではなく、色々とお世話になったのだ。かつて不倫が完全にタブーとされていた頃から、不倫の男女関係を取材し続けている亀山さんの意見はいつでも鋭い。不倫した側、された側、既婚者と交際している側とさまざまな角度から取材を続けている。
どの立場に立ってもそれぞれの苦悩を良く知っている亀山さんだが、今回の特集では婚外恋愛をしている妻側の心情が強く語られていた。

その裏では、きっと不倫された側の夫が苦しんでいるのだろうな。

先月の読売新聞に、ハーグ条約の内容に絡めて、国内の子供の引き渡しを巡る強制執行について書かれていた。
子供の引き渡しの強制執行に関する法律上の明文規定やルールがないのが現状。だから、親がいない間に行われたり、小学校や保育園で執行官と親がもみ合うケースがあって、それが問題とされているという内容だった。今後は、「原則は自宅で、親がいる場合に限る」といった方向にしていうこうということ。
でも、これって、強制執行なのかしら?もともと、裁判所若しくは、最高裁判所で判決が出ているにも関わらず、子供を引き渡さない親がいるから強制執行になるというのに。無理やりな直接強制は子供への影響を考えてというけれど、だったら子供の事を考えて下した判決に責任をもって最後まで対処してほしい。

親権問題で長い間戦ってきたお客さんが、やっと最高裁判所で勝ち取ったというのに、実際にあれもこれも駄目で強制執行が実施されず子供が引き渡されない現状ってどうなのかしら?

時として法律って理不尽なルールよね。

引きこもるようになってから、半年が経過していた。そして、その光が見えた瞬間、「次に行こう」と自分でもびっくりするくらい、ポジティブな気持ちになれたと言う。このままでは、こんな自分では、こんな状況では死ねない。この生活を終わりにしよう。そして、生きよう。自分のイメージする人生に近づこうと思った。
 そう語る彼女の表情は、本当に素敵だった。つらい時期を乗り越え、自分の足で立ち直った強さと優しさ、おおらかさがある。
 彼女が離婚したのは、それから3ヶ月後だった。「次に行こう」と思った時点で離婚に対しては、ゆるぎない決意があったと言う。もちろん、夫は離婚に猛反対だったので、話し合いは苦戦した。だが、彼女は「絶対にうまくいく、自分の選択は間違っていない」と前向きにとらえ続けた。妻の決意が変わらないことと、これからの人生を真剣に話す妻の姿勢を見て、夫もとうとう離婚に納得した。
 離婚に際して、子どもたちのことはどう考えていたのか、彼女に尋ねてみた。「子どものためにも離婚しようと思ったの。私には、子どもを幸せにする義務があるから。それにはまず、母親である私自身が、ポジティブで幸せでないといけないのよ」
 彼女の答えには説得力があった。「子どもを育てる義務がある」とはよく聞くが、彼女は、当たり前のように「子どもを幸せにする義務がある」と言ったのだ。子どもを育てるのは当然のこと、さらに自分には幸せにする義務があると言いきったのだ。幸せにするには、自分が幸せでないといけない。「次に行こう」と決意した瞬間に、答えは出ていた。

つづく

先日、10数年ぶりに母校へ行ったの。
それもこれも、「卒業生と語る会」にほぼ強制的(?!)に参加するために・・・。高校2年生が今後の進路を考えるうえで、卒業生が現職の内容や高校時代の進路をどう考えていたかを語り、将来への参考にしてもらうという趣旨なのだ。

将来の希望に満ちた生徒達に私が何を語れるというのかしら。
どう考えても筋違いでしょ。離婚についてでも語る?
結婚を夢みる彼らに、離婚時の慰謝料や証拠の取り方でも伝授しましょうか?などと頭をかかえてみるものの「探偵業」を選んでいる生徒よ、きっと暇つぶしに選んだに違いない。(出版業務・グラフィックデザイナー・先生など10数業務から選択できる)自分の生徒時代を思い返せば、そんなものよね、と気楽に行ってしまったの。

そして思い知ったのよ。彼らが思い描く探偵と、実際の探偵との違いがどれほどのものかを。「殺人事件を扱わないなんて探偵じゃない」「警察と協力して事件を解決していくのじゃないの?!」
・・・。
季節、時間を問わず、張り込みと追尾の繰り返し、聞くも涙語るも涙の調査現場の実態を教えてあげたわ。探偵は推理力より、体力、忍耐勝負よ。

彼らの感想文には、神経ついかいそう・・寒さの中での長時間の張り込み泣けてきますね・・自分には無理です!がんばって下さい!!
といったものがほとんどだった。

果たして私は、彼らに夢と希望を与えられたのだろうか。

近頃、結婚式ならぬ「離婚式」という言葉をよく耳にする。
そして、最近取材を受けたライターの方が実際に取材で出席したというから話の矛先は当然、離婚式の内容へと。
興味に満ちた私の目を見る事なく、彼女は「重たい」の一言。
式の最初から参加したそうだが、とにかく、空気が重たく
いいようのない時間だったそう。
参加した式は、夫側が希望したようで、妻は終始笑顔が見られず、参列者も夫の友人が主だったという。

浅草の町を参列者を率いて歩いた後、結婚指輪をハンマーで壊すという離婚式。話題性はあるけど、実際に離婚問題に苦しんだ2人が行うニーズは多くはなさそう。それでも、「離婚式」によって、結婚生活にけりをつけて、お互に前を向いて進もうと思えるのであれば、人生の中で心に残る式になると同時に、この結婚に意味があったように思えるような気がする。
夫がけじめの為に「離婚式」を希望して、嫌々ながらも妻も承諾する事自体、夫婦関係だったからこそ出来るような気がしてしまう。

離婚て、人間を成長させる出来ごとだから「離婚式」みたいな式があってもいいのかなと。

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